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【イベントレポート】MITメディアラボ 石井裕教授が考える『未来競創:パイオニアを目指すあなたへ グローバル時代を生き抜くための哲学』

ワークショップ

Photo by Mariko Tagashira

先日、講演会「MITメディアラボ 石井裕教授が考える『未来競創:パイオニアを目指すあなたへ グローバル時代を生き抜くための哲学』」を開催しました。
情報公開から2日と経たず満席をいただき、約150名の方にご参加いただきました。満席後も数多くのお問い合わせをいただきましたが、会場の都合上、ご来場いただけない方も多くいらっしゃいました。本記事を通じてすこしでも多くの方に講演の内容をお届けできればうれしい限りです。

■開催にあたって

今回講演をいただいたのは、MITメディアラボで副所長を務める石井裕教授。MITメディアラボとは、米国マサチューセッツ工科大学内に設置された主に表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術の教育・研究を専門としている研究所。石井教授は1990年代半ばから、その世界トップレベルの研究実績を誇り、最高峰の研究者が集まる場所で、長年にわたって活躍されている。研究では「タンジブル・ビット」「ラディカル・アトムズ」という革新的な概念を生み出し、日本人で初めて「終身在職権」を獲得した。

世界トップレベルの環境でイノベーションを続ける石井教授の人生哲学から、子どもの未来を考えるヒントを学ぶために、そして私たちコソダテリノベだけでなく、子育てをする保護者や教育など子どもに関わる仕事をしている方々と一緒に共有できればとイベントの開催に至った。

2018年を生きる私たちに「2200年をどう生きるか」と問う、石井教授の哲学とは?

Photo by Yoshimi Murakami

■MITメディアラボでの最初の衝撃:「造山力」

1994年にヘッドハンティングを受け、MITメディアラボに参加した石井教授。当時の所長の一言がその後の研究人生を大きく変えたという。それは「これまでの研究を続けず、まったく新しいことをやれ。人生は短く、新しいことへの挑戦は最高の贅沢だ」という趣旨のもの。その言葉を真っ向から受けて立ち、寝食を極端に削り考えに考えた結果、のちにたどり着いたタンジブル・ビットという概念が大きく評価を受けることになる。多くの研究者は過去の実績の延長線上で研究を続けた一方で、生みの苦しみの先に導き出した「登るべき山」の発見こそ、石井教授の人生哲学の大きな柱となっているようだ。

石井教授はここでの経験を「造山力」という言葉で表現する。

『造山力:僕がMITを選んだ理由、それは頂が雲に隠れて見えない高い山だったから、そして頂へと続く道がなかったから。しかしそれが幻想だったことを思い知る。登頂すべき山なぞ初めから存在していなかった事を。その山を海抜零から創りあげ、そして5年以内に世界初登頂すること、それが MIT 生き残りの条件。』

「登るべき山」はどこかにはなく、自ら造り上げ、それをいかにして登るのか、それこそがパイオニアとして生きることのスタートラインだと感じた。

■打ち出すべきは「Vision」

登るべき山とは何か。石井教授はその正体を「Vision」だと語り、その達成に向かうことが重要であるという。Visionの寿命は長い。TechnologyやNeedsは1年、10年といった比較的短期間で新陳代謝が行われることが多いのに対し、適切で普遍的なVisionは100年スパンで必要とされ続ける。石井教授が生み出した「タンジブル・ビット」や「ラディカル・アトムズ」といった概念がまさにそうだ。石井教授はこれらのVisionを元に、数々のデバイスを発明してきた。

○思考のマルチリンガルになる
では、そのVisionはどう作られるのか。
『Be Artistic & Analytic Be Poetic & Pragmatic』
思考における異言語ともいえるアート、デザイン、サイエンス、テクノロジーといった領域を行き来しながら、いかにマルチリンガルになれるかが鍵だという。世界について問いかける「アート」、問題解決法を明確化する「デザイン」、問題解決を可能にする「テクノロジー」、世界を説明する「サイエンス」とそれぞれを位置づけ、らせん階段のように思考を高めていく。過大な表現を恐れずにいえば、それはレオナルド・ダヴィンチに代表されるルネサンスの万能人の姿に重なる。

○Vision創造・実現に求められる3つの力
そして石井教授はVisionを生みだし、実現していくのに必要となる力を『三感、三創、三力』という言葉でまとめている。

「三感|three emotional forces」とは「飢餓感・屈辱感・孤高感」。今、目の前にあるチャンスを逃さずに、0.5秒で食らいついていく知的飢餓感と瞬発力。評価を得られない悔しさを、いつか世界をあっといわせてやるという、正のバネに変換する内燃機関。誰も認めてくれない、支援してくれない、理解してくれない、と一人立ち向かう独創人の境地。これらの感情が原動力、エナジーとなる。
「三創|three creative forces」は「独創・協創・競創」。世界に通じる強烈なオリジナリティの徹底追求。尖った独創性を有する少数精鋭チームを創り、ビジョンを共有共鳴し、競い合い高め合う。世界のライバルと最前線で競いつつ、彼らを驚かせる夢と、追い抜かれる恐怖との連続で高め合う。これが創造性を高める。
「三力|three driving forces」は「出杭力・道程力・造山力」。打たれても突出し続ける力。原野を切り開き、未踏の道を全力疾走する力。登るべき山を自らの手で造り上げ、そして世界初登頂する力。これらの力が推進力になる。

こうして打ち立てたVisionに対して、石井教授は問う。「So what? Who care?(だからなんだ? 誰が気にするんだ?)」。適切で普遍的な価値を持つVisionになるよう、どんな意味があるのか、どのように伝えていくのか、数々の建設的批判を繰り返し、それを迎撃するように徹底議論を行うことで、前陣速攻的な姿勢でブラッシュアップをし続ける。

とにかく徹底的に、最大速力でスピード感を持って、自らにさまざまな重圧をかけているのがわかる。現在の日本は多くのもので満たされ、ある意味での危機感、石井教授の言葉を借りれば飢餓感が足りないのだと思い知らされた。自らの成し遂げたい社会、あるいはありたい姿、そうしたVisionに渇望に近い感覚で向き合うことが世界トップレベルの環境で生き残り続けてきた人の姿だ。

では、なぜこの長期的な視野を持ったVisionを重要と考え、取り組むのか。その答えは「2200年をどう生きるか」と問う石井教授の言葉につながる。

Photo by Yoshimi Murakami

■未来への遺産を創る

未来への遺産について語るにあたって、石井教授は5つの問いを立てた。

・What legacy do we archive?(何をアーカイブすべきか?)
・Why, for whom, and how?(なぜ、誰のために、どのように?)
・How far distant future?(どのくらい遠い未来の人々へ?)
・How to tell the stories?(物語をどう語り継ぐのか?)
・How can they recall?(未来の人々にどう思いだしてもらうのか?)

「2200年を生きる未来の人々に、何を残したいか、どのように思い出されたいのか」有限である寿命を超え、未来に生きる挑戦こそ、石井教授のパイオニアとして、世界で戦う上での人生哲学。

この哲学に至ったのには、多くの人の影響があった。

石井教授はデジタルの専門家である一方で、過去には詩集を携えて旅をしたりと、詩や俳句など文学にも造詣が深い。宮沢賢治をはじめとした文豪から学びを得ている。もちろん、研究においては先人の研究からも。加えて今は亡きご両親の人生、そして死からも多くを学び、その後のインスピレーションの源になっている。

そしてその学びは、どのように墓標を立てるのか、どのように未来に生きるのか、という石井教授の人生哲学に大きく影響している。

一人ひとりが自らの造り上げた山、Visionを登り、2200年に生き残る。未来の競創。

Photo by Yoshimi Murakami

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圧倒的な熱量とスピード感をもって繰り広げられた石井教授の講演に参加者のみなさんは大きく頷きながら、時に笑い、最後は拍手喝采でした。

開催した私たちもVisionの大切さ、そしてパイオニアとして生きる覚悟を改めてするに至りました。「子どもの未来を育む場の創出」を実現するために、「教育デザイン」「コミュニティーデザイン」「空間デザイン」といった3つのデザインを通してこれからも日々尽力していきます。そして、今後もこうした学びの場を引き続き提供し続けます。

最後に本レポートは講演内容の一部をまとめたものであり、石井教授の熱量を含んだ現地での講演をお伝えするのには不十分であることをお詫びいたします。今回のご好評を受け、次回企画についても検討中ですので、今後の動きもぜひお楽しみに。

■セミナーアルバム■
Photos by Yoshimi Murakami

多くのボランティアの方にお手伝い頂きました
総合司会を務めるコソダテリノベ代表の空田
皆さん石井先生と熱心に議論されていました
石井先生と参加者との交流会も行いました

コラムニストプロフィール

植竹 康之

植竹 康之

東京都練馬区出身です。大学でアイデンティティー形成を学び、1年間デンマークへ留学。障がい者ヘルパーとして働きながら、学童保育でも活動していました。卒業後は広告制作会社に入社。結婚を機に住居探しをする中で、ライフプランや子育てのための環境を考えた家探しの重要性を感じ、コソダテリノベに参画しました。
10年、20年、その先と、自らも家族の一員として生活していくイメージを持って家探しのサポートをしていきます。

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